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東京高等裁判所 昭和44年(う)616号 判決

主文

一  各原判決を破棄する。

二  被告人飛田春男、同桜井健一をそれぞれ罰金二〇、〇〇〇円に、同荘司一郎を罰金一〇、〇〇〇円に各処する。

三  被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、いずれも金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

四  被告人飛田春男から、水戸地方検察庁で保管中の同庁昭和四三年領第九三〇号の一、三枚網(かさねさし網)一統を、同桜井健一から同じく水戸地方検察庁で保管中の同庁昭和四三年領第九三一号の一、三枚網(かさねさし網)一統を、同荘司一郎から同じく水戸地方検察庁で保管中の同庁昭和四三年領第一〇四七号の一、流しさし網一統を、それぞれ没収する。

理由

〈前略〉 各論旨は、被告人らに対する各公訴事実、すなわち、被告人らが各起訴状記載の日時、場所(いずれも茨城県下の那珂川)において、いずれも法定の除外事由がないのに、さけを漁獲しようとして、被告人飛田、同桜井においては、船外機付漁船からかさねさし網を河中に流す方法により、被告人荘司においては、さし網を河中に入れる方法により、それぞれ、さく河魚類であるさけを採捕したものであるとの、水産資源保護法(以下単に法という。)二五条、三七条四号違反(なお、被告人飛田、同桜井については茨城県内水面漁業調整規則以下、単に規則という。)二七条、三七条一項一号違反の各事実につき、各原判決が無罪を言い渡したことに対し、各原判決の、法及び規則にいう「採捕」の意義の解釈、適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。

よつて、各所論にかんがみ、考察検討するに、各原判決は、無罪理由の前提として、被告人飛田、同桜井については、それぞれ、さけを漁獲する目的で禁止漁具であるかさねさし網を河中に流し、採捕行為をしたが、間もなく県の取締り職員に発見され、さけ等の漁獲物を得るに至らず、また、右魚類を網にからませるなどして現実にこれを自己の支配内に入れる状態を生じさせるにも至らなかつたものと認め、被告人荘司についても、さけを漁獲する目的でさし網を河中に張つたが、上潮で網が流れなかつたため、間もなく網を揚げ、さけその他の魚類を獲らずに舟付場に戻り、さけを自己の支配内に入れる状態を生じさせるにも至らなかつたものと認めたうえ、右被告人らの各行為は、いずれも採捕の未遂行為にすぎないものであつて、各起訴状記載の罰条に該当するものでなく、法及び規則中、他に本件各行為を処罰する規定は存しないとして、前掲各公訴事実につき無罪の言渡しをしたものであり、その理由の骨子とするところは、法及び規則にいう「採捕」とは、現実に魚類を捕捉するか(「採捕」の日常用語的意味)、捕捉しうる状態において実力支配内に帰属するに至らしめた(目的論的概念構成)ことを意味すると解するのが相当であるところ、右解釈によれば、被告人らの前示各行為は、いまだいずれも「採捕」に該当しないものである。右解釈の限界を超えて、取締りの徹底ないし便宜の観点から、右「採捕」の意義につき、現実に魚類を自己の支配内に入れると否とを問わず採捕の方法を行ない、魚類を捕捉しうる可能性を生ぜしめること、すなわち採捕行為をすることであると解するのは、拡張解釈の域を超え、罪刑法定主義の原則に抵触する、というにあるものと認められる。

しかしながら、法二五条の立法趣旨が産卵のため内水面にさく上するさけの繁殖の保護をはかることであり、規則二七条の立法趣旨もまた、内水面における水産資源の保護培養をはかるにあることは縷説を要しないところであつて、右立法趣旨に即した目的論的見地に立つてみると、各原判決の「採捕」の意義に関する前記解釈は、字句の厳格解釈に執するの余り、狭きに過ぎるものと認めざるを得ない。右解釈にいう「魚類を捕捉しうる状態において実力的支配内に帰属するに至らしめた」とは、本件についていえば、さけを被告人らの使用した網にからませること(一旦、網にからまつた魚類が逸走することの稀有であることは、当審における事実取調の結果に徴し、明らかである。)を指すものと解されるが、そもそも被告人らのなしうる行為としては、それぞれの網を水中に張ることだけであつて、さけその他の魚類が網にからむかどうかは、人為の及ばない全く偶然事であり、また、当審における事実取調の結果によれば、取り締る側からすると、魚類が網にからまつたかどうかを確認することは、不可能であるとはいえないまでも甚だ困難であると認めざるを得ないのである。そして、原判決の解釈によれば、いかに大規模に、かつ、長時間網を水中に張つていても、魚類が網にからまつたことを確認しないかぎり検挙もできず、また、一尾も網にからまない以上、未遂として処罰の対象とならないのに、小規模、短時間の採捕行為であつても、一尾でも網にからめば、既遂として検挙ないし処罰の対象とされることとなるが、かような取締りを著しく困難にし、かつ、不公平な法適用という結果を招くことは、行政取締法規である法二五条または規則二七条所定の「採捕」についての解釈態度としてとうてい賛同できないところである。

以上の理由により、右「採捕」とは、論旨の主張するとおり、本件被告人らの実行したい、わゆる採捕行為を指称し、現実に魚類を採捕したか否か、あるいはこれを捕捉しうる状態において実力的支配内に帰属するに至らしめたか否かは問うところではないと解するのが相当であるというべきである。しかして、右解釈は以下の判例、すなわち、法定の除外事由がないのに禁止漁具である鈎を使用してさけの採捕行為をしたが、現実に採捕するに至らなかつた(旧)北海道漁業取締規則三五条違反の事案につき、同条所定の漁具漁法により水産動物を採捕すべき行為に出た場合は、現にこれを獲得したと否とにかかわらず、右漁具漁法による水産動物の採捕を禁じた右法条の犯罪を構成する旨判示した大審院昭和一三年三月七日判決(刑集一七巻三号一六九頁)を始めとして、右判決の援用する、(旧)漁業法施行規則四七条違反の事案につき水産動植物を疲憊又は斃死せしむべき有毒物を使用して水産動植物採捕の方法を行つた以上、実際これを採捕したと否とを問わず右規則四六条(右「有毒物ヲ使用シテ水産動植物ヲ採捕スルコトヲ得ス」と規定)の犯罪を構成する旨判示した大審院大正一四年三月五日判決(刑集四巻二号一二一頁)、さらには(旧)狩猟法一一条違反の事案につき、同条にいわゆる捕護とは鳥獣を自己の実力支配内に入れようとする一切の方法を行なうことをいい、実際鳥獣を実力支配内に入れ得たか否かは、これを問わない旨判示した大審院昭和一八年一二月二八日判決、(刑集二二巻二二号三二三頁)、被告人が猟銃を発射したが、現実に山鳩を捕獲しなかつた事案につき、(旧)狩猟法五条六項中、「前二項ノ期間内ニ非ザレバ狩猟鳥獣ヲ捕獲スルコトヲ得ズ」とあるのは、許可された期間外においては現実に狩猟鳥獣を捕獲する場合のみならず、一般に狩猟行為をも禁止する趣旨と解するのを相当とする旨判示した東京高等裁判所昭和二九年一二月三日判決(高裁刑集七巻一二号一七四三頁)の各趣旨とも一致するものであつて、判例上確立された見解であるということができる。もつとも、最高裁判所判例として、(旧)漁業法七〇条にいわゆる「採捕」の意義につき、水産動植物を採取捕獲する目的で有毒物または爆発物を使用たし者が、現実にその動植物を取得占有するに至つた場合のみに止まらず、有毒物または爆発物の使用により動植物を疲憊斃死せしめ容易に捕捉しうる状態に置いた場合をも指称するものと解するのが相当であるとした昭和二八年七月三一日判決(刑集七巻七号一六六六頁)及び同法六八条にいわゆる「採捕」の意義につき、魚類を捕獲するために爆発物を使用し、魚類を容易に捕捉しうる状態に置くにおいては該魚類は爆発物使用者の支配内に帰属するものということができるから、現実にこれを拾い集めて取得すると否とを問わず、右法条にいわゆる「水産動植物を採捕」したものと解するを相当とするとした昭和二九年三月四日決定(刑集八巻三号二二八頁)があつて、一見前掲各大審院判決と抵触しているかの観があるが、いずれも従来の大審院判例を変更する旨明言しているわけではなく、かつまた、事案は、いずれも右六八条の規定に違反して採捕したとされる水産動植物の所持罪(同法七〇条違反)にかかるものであつて、本件のような当該被告人の採捕行為それ自体が問題とされている案件とは異なるものであるので、当裁判所の上記判断の妨げとなるものではないと解する(なお、最近前記最高裁判所昭和二九年三月四日の決定の趣旨を援用して、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一条ノ四の三項にいう「捕獲」の意義につき、本件各原判決と同旨の厳格解釈の立場をとつた福岡高等裁判所昭和四二年一二月一八日判決(高裁刑集二〇巻六号七九一頁)及びこれと立場を同じくする仙台高等裁判所昭和四三年一月二三日判決)高裁刑集二一巻二号九五頁)が相次いでおり、本件弁護人の答弁において利益に援用されているところであるが、当裁判所はこれに左袒することはできない。)。

以上の次第であるから、当裁判所の右判断と異なる法令解釈のもとに被告人らの無罪を言い渡した各原判決は、法令の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから各原判決は、この点においていずれも破棄を免かれない。論旨は、いずれも理由がある。

よつて、本件各控訴は理由があるから刑訴法三九七条、三八〇条により、各原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに、次のとおり自判する。

(被告人飛田に対する認定事実)

同被告人に対する起訴状記載の公訴事実と同一であるから、これを引用する。

(右認定事実に対する証拠の標目)〈省略〉

(右認定事実に対する法令の適用)

同被告人の所為中、法定の除外事由がないのに、内水面においてさく河魚類たるさけを採捕した点は、法二五条三七条四号に禁止漁具たるかさねさし網により水産動植物を採捕した点は、規則二七条、三七条一項一号(なお、いずれも罰金等臨時措置法二条)に各該当し、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるので、刑法五四条一項前段、一〇条に従い、重い前者の罪に対する刑に従い、所定刑中、罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で量刑処断し、罰金不完納の場合の換刑処分につき、刑法一八条を、主文第四項掲記の該当物件(本件犯罪行為にかかる漁具で、同被告人の所有に属する。の没収につき、規則三七条二項を、それぞれ適用する。

(被告人桜井に対する認定事実)

同被告人に対する起訴状記載の公訴事実と同一であるから、これを引用する。

(右認定事実に対する証拠の標目)〈省略〉

(右認定事実に対する法令の適用)

被告人飛田に対するものと同一であるから、これを引用する。

(被告人荘司に対し、原判決の認定事実に追加して認定する事実)

原判決の認定事実を除くほか、同被告人に対する起訴状記載の公訴事実と同一であるから、これを引用する。

(右認定事実に対する証拠の標目)〈省略〉

(同被告人に対する法令の適用)

同被告人の所為中、法定の除外事由がないのに、内水面においてさく河魚類たるさけを採捕した点は、法二五条、三七条四号に、法定の除外事由がないのに、さし網によつて水産動植物を採捕するにつき、知事の許可を受けなかつた点は、規則六条三号、三七条一項一号(なお、いずれも罰金等臨時措置法二条)に各該当し、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるので、刑法五四条一項前段、一〇条に従い、重い前者の罪に対する刑に従い、所定刑中、罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で量刑処断し、罰金不完納の場合における換刑処分につき、刑法一八条を、主文第四項掲記の該物件(本件犯罪行為にかかる漁具で、同被告人の所有に属する。)の没収につき、規則三七条二項を、それぞれ適用する。

なお、刑訴法一八一条一項但書に従い当審訴訟費用を被告人らに負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 石田一郎 藤井一雄)

検察官藤井嘉雄の控訴趣意

原判決は、水産資源保護法(以下単に法という)第二五条および茨城県内水面漁業調整規則(以下単に規則という)第二七条の解釈適用を誤まり、その誤まりが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、被告人が法定の除外事由がないのに、昭和四三年九月二四日午後七時四五分ころ、茨城県那河湊市湊大橋五〇メートル上流地点の内水面である那珂川でさけを漁獲しようとして、船外機付漁船から禁止漁具であるかさねさし網を河中に流して、いわゆる「採捕行為」をなしたことを認め、かつ、法「第二五条の立法目的は、産卵のため内水面にさく上するさけを濫獲して、さけの繁殖を著しく阻害することのないよう、その捕獲を禁じ、もつてさけの繁殖の保護をはかる点にあり」、「また規則第二七条は、水域の狭い内水面において、大量捕獲の可能なながしさし網などの漁具を使用すれば濫獲により、水産動植物が著しく減少するおそれがあるため、それらの漁具等を使用して水産動植物を捕獲することを禁止したもので、法同様水産資源の保護培養を目的とするものである」ことを前提としながら、法第二五条および規則第二七条にいう「採捕」の意義は「採捕行為」を指するものでなく現実に魚類を捕捉するか、捕捉し得る状態において、実力支配内に帰属するに至らしめたことを意味すると解釈した。

一、すなわち原判決は「『採捕』の日常用語的意味が手にとること、取つて手に入れること」であつて、さけその他の水産動植物を現実に捕捉することが『採捕』に該ることはいうまでもないが、右日常用語的意味を標準とし、さらに拡張して解釈する場合、前記立法の目的を考慮して、いわゆる目的論的概念構成をするならば、右法条にいう『採捕』とは、さけその他の水産動植物(以上単に魚類という)を現実に捕捉するか少なくとも魚類を容易に捕捉しうる状態において、魚類が右状態においた者の実力支配内に帰属するに至つたことを意味すると解するのが相当である。

二、取締りの徹底という観点から考えれば「採捕」の意味を現実ないし実質的に魚類を自己の支配内に入れると否とを問わず、採捕の方法を行ない、魚類を捕捉しうる可能性を生ぜしめることと解するのが便宜であろう。しかし、右の解釈は、前記法条に用いられた「採捕」という語句の可能な意味の限界を超え、いわゆる拡張解釈の域を越脱したものであつて、罪刑法定主義の原則に抵触するものというべきである。

三、これを本件についてみるに、被告人がさけを漁獲する目的で禁止漁具であるかさねさし網を河中に流し、採捕行為したものであるが、第一回の揚網中茨城県農林水産部漁政課職員に発見され、さけその他の漁獲物を得るに至らなかつたこと証拠調の結果によつて明らかであり、魚類を網にからませるなどして現実にこれを自己の支配内に入れる状態を生じさせるに至つたことを認めうる証拠は存しないから、被告人の右行為は採捕の未遂行為であるにすぎず、法第二五条および規則第二七条第四号に違反し、法第三七条第四号および規則第三七条第一項第一号に触れるものということはできない。

そしてまた、前記の意味における採捕の未遂行為を処罰する旨の規定は、同法および同規則中には存しない。

として、被告人に無罪の言い渡しをした。

しかしながら、右判示は、水産資源保護法および茨城県内水面漁業調整規則にいう「採捕」につき法律の解釈適用を誤まつた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄さるべきものと信ずる。以下その理由を開陳する。

水産資源保護法等にいう「採捕」の意義については、およそ次の三つの説が考えられる。

第一説

「採捕」の文字は、通常の意義からすれば採取捕獲の文字と等しく、目的物を取得する場合に用いられると解すべきであり、通常の意義を離れて法律上の術語として特別の意義を有するものではない。

第二説

「採捕」の文字は、通常の意義を離れた特別の意義はないが、必ずしも現実の取得を必要とせず、犯人において、採捕の行為に着手してその目的物を自己の自由になし得べき程度に達したときは、現実にその目的物を握取しなくとも採捕したものということができる。

第三説

「採捕」の意義は、採捕の方法を行なうことであると解すべきであり、必ずしも目的物を取得することを要しない。

思うに、法および規則にいう「採捕」の意義につき右の三説のうちいずれを可とすべきかは、その立法の目的にしたがつて判断しなければならない。

原判決も認めるごとく、法第二五条の立法目的が産卵のため内水面にさく上するさけの繁殖の保護をはかることであり、また規則第二七条の立法目的が内水面における水産資源の保護培養をはかるとするならば、第一説は狭義に過ぎ誤まりであることは言うまでもないところであり、また「採捕」の意義は、日常用語的意味を標準としてこれを目的論的に概念構成をするならば、採捕の方法を行ない魚類を捕捉しうる可能性を生ぜしめることでは足りず、「水産動植物を現実に捕捉するかすくなくともこれを容易に捕捉しうる状態において魚類が右状態においた者の実力支配内に帰属するに至つたことを意味すると解するのが相当である」とする原判決の見解は、判決自身も認ている法および規則の立法の精神を没却するものにほかならないといえよう。けだし、かさねさし網などの漁具を用いて「さけ」をその網内に帰属せしめる行為と現実にこれを握取する行為との間には、単に行為の段階的差異があるのみで、漁撈行為の現実問題としてはその間になんらの差異はないのである。したがつて、右第一説を誤まりとし第二説を可とする見解には合理的根拠がないというべきである。換言すれば、第一説を狭義に過ぎて誤まりとするならば、第二説もまた法および規則の立法精神に照して狭義に解し過ぎた誤まりがあるものといわなければならない。これを取締り面において、もし、原判決の見解にしたがうならば、一面において採捕を禁止しながら、これを取締る立場にある者においては、犯人が現実にその目的物を採取捕獲し、もしくはこれを実力支配内に置くまでは、なんらの処置をとることができないことになり、犯人が眼前でその採捕行為をなしているのに拘らず傍観していなければならず、また犯人が一たんその目的物を採捕しながら取締官によつて犯行を現認されたことを知り、巧みにその目的物を隠匿放棄して法網を潜るなど、狡猾な違反者に乗ぜられて法制定の趣旨を貫徹することができなくなり取締りの実効を帰することがいちじるしく困難となるからである。

この点に関し、原判決は、取締りの便宜から「採捕」の意味を現実ないし実質的に魚類を自己の支配内に入れると否とを問わず採捕の方法を行ない魚類を捕捉しうる可能性を生ぜしめることと解することは、「採捕」という語句の可能な意味の限界を超えいわゆる拡張解釈の域を越脱したものであるとしている。

しかしながら、水産資源保護法のごときいわゆる行政的刑罰法規は、その規制対象が市民社会の基本的生活秩序とは一応遮断された派生的生活秩序であり、それぞれの行政目的に応じて特殊的であるため、法規に使用される言葉も技術的であつたり、また規制秩序の特殊性からその言葉が日常用語的意義とことなつた意義をもつ場合が多いので、目的論的方法によつて、その規範的意義をあきらかにしなければならず、場合によつては、同じ言葉でもその奉仕する目的によつてことなつて解すべきことは、学説においても是認されている(福田平行政刑法法律学全集42四一頁以下)ところであつて、法および規則にいう「採捕」の意義を原判決の説示するごとく目的論的に解するならば、さけの繁殖の保護をはかるため、産卵のため内水面にさく上するさけを「採捕する行為」、および濫獲を防止し、水産動植物保護のため特定の禁止漁具を使用して水産動植物を「採捕する行為」を禁止する趣意と解することこそ立法趣旨にかなつた解釈であるといわなければならない、さけが漁具にからむと否とは人為以外の偶然事象に過ぎないのである。しかるに、原判示のごとく解するならば、かさねさし網を用い長時間にわたつて採捕行為をしていても「さけ」が一尾もその網にからまなかつたときは未遂として処罰の対象とならないのに反し、採捕行為をした時間は短時間でも「さけ」が仮に一尾でもかさねさし網にからんだときは既遂として処罰の対象となることになり、法の適用上著しく公平を欠くのみならず、人為に基づかない偶然の事象をもつて犯罪の成否を決することとなり、原判示の解釈の極めて不合理なることは論を俟たないところである。

「採捕」の意義を「採捕行為」ないし「採捕の方法を行なうこと」と解することは、決して原判決のいうように「拡張解釈の域を越脱したもの」ではなく、正に立法の目的にかなつた適正な解釈というべきである。

しかして、旧漁業法施行規則第六五条第四号にいわゆる「採捕」の意義については、明治四五年に、さきにかかげた三説のうち第三説を正解とするとの法曹会決議がなされている(法曹会決議要録(下)一二七二頁以下)がこの決議は採捕の語句の解釈の重点を取締の法意に置いたものであり、またわが国の判例も一貫してこうした見解を採用しているのである。

すなわち、大審院は北海道漁業取締規則違反被告事件において、同規則第三五条にいわゆる採捕の意義につき

「漁業法施行規則第四十六条二水産動植物ヲ疲慂又ハ斃死セシムヘキ有毒物ヲ使用シテ水産動植物ヲ採捕スルコトヲ得ストノ規定アリ而シテ水産動植物ヲ疲慂又ハ斃死セシムベキ有毒物ヲ使用シテ水産動植物採捕ノ方法ヲ行ヒタル以上ハ実際之ヲ採捕シタルト否トヲ問ハス同条所定ノ犯罪ヲ構成スベキモノナルコトハ当院ノ判例トスルトコロニシテ右ト略ホ規定ノ方法ヲ同シウスル北海道漁業取締規則第三十五条ニ付之ヲ稽フルニ同条モ尚魚類ノ繁殖ノ計ランカ為ニ設ケラレタル所謂取締規定タルニ鑑ミルトキハ同条所定ノ漁具漁法ニ依リ水産動植物ヲ採捕スヘキ行為ニ出タル場合ハ現ニ之ヲ採捕シタルト否トニ拘ラス右法条ニ背反スルモノト解スヘキモノトス然リ而シテ原判決ノ確定シタル事実ニ依レハ被告人ハ漁業権ヲ有セス又特ニ魚類採捕ノ許可ヲ受ケアラサルニ拘ラス水産動物保護期間内判示河川ニ於テ水鏡ヲ以テ水中ヲ覗キ乍フ長サ約六尺ノ竹芋ノ一端ニ鈎ヲ取付ケタルモノヲ水中ニ入レ之ヲ手許ニ引寄セル方法ヲ繰返シ以テ鈎ヲ使用シテ鮭ノ採捕行為ヲ為シタリト云フニ在ルヲ以テ原審カ之ニ対シ北海道漁業取締規則第三十五条第一項其ノ他判示法条ヲ適用処断シタルハ正当ニシテ現ニ鮭魚ヲ採捕セサルカ故ニ右第三十五条所定犯罪ノ未遂ニ該当シ罪トナラサルモノナリト云フ論旨ハ敦レモ理由ナシ」(大判昭四三、三、七刑集一七巻一六九頁)

という見解を明らかにし、この見解がその後の判決にも引き継がれ、更に最高裁判所によつても踏襲されているのである。

最高裁判所第一小法廷は、漁業法(昭和二六年法律第三一三号による改正前のもの)第六八条にいわゆる採捕の意義について、

「魚類を捕獲するために爆発物を使用し、魚類を容易に捕捉し得る状態に置くにおいては、現実にこれを拾い集めて取得すると否とを問わず、漁業法(昭和二六年一二月一七日法律第三一三号による改正前のもの)第六八条にいわゆる「水産動植物を採捕」したものと解するのを相当とする」

という要旨の決定(最高決昭二九、三、四刑集八巻三号二二八頁)をしており、右決定は、「漁業法第六十八条は水産動植物を採捕する目的で爆発物を使用し採捕の方法を講じた以上、実際これを採捕したと否とを問わず同法違反の犯罪を構成するものと解する。」とした控訴審の判断を不当としてなされた上告に対するものであり、同決定においては控訴審の判断がそのまま支持されているのであるから、従前の見解を改め、漁業法第六八条違反が成立するためには、ただ単に採捕の方法を行つただけでは足りず、「魚類を容易に捕捉し得る状態に置」かなければならないとしたものではないのである。

以上要するに、水産資源保護法等にいわゆる採捕の意義が採捕の方法を講じることであり、それ以上実際にこれを採捕したか否かを問わない趣旨であることは、判例上も確立されているのである。

しかるに、原判決は、被告人が、…………さけその他の漁獲物を得るに至らなかつたこと証拠調の結果によつて明らかであり、魚類をからませるなどして現実にこれを自己の支配内に入れる状態を生じさせるに至つたことを認めうる証拠は存しないから被告人の右行為は採捕の未遂行為であるにすぎないとして前記第一説ないし第二説の立場をとり、被告人に無罪を言い渡したものであるが、この原判決の見解は独断であつて、水産資源保護法第二五条および茨城県内水面漁業調整規則第二七条にいう「採捕」の解釈を誤まり、罪となるべき事実に所定の法令を適用しなかつた違法があることは明白である。

よつて、原判決破棄のうえ、適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

〔参照〕原審判決の主文ならびに理由

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四三年九月二四日午後七時四五分ころ、那珂湊市湊大橋五〇メートル上流地点の那珂川において、さけを漁獲する目的で船外機付漁船からかさねさし網を河中に流し、もつて、内水面において、禁止漁具を使用してさく河魚類であるさけを採捕したものである。

というのである。

被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員に対する供述調書および司法警察員作成の被疑事件捜査報告によると、被告人が法定の除外事由がないのに、昭和四三年九月二四日午後七時四五分ころ、茨城県那珂湊市湊大橋五〇メートル上流地点の内水面である那珂川で、さけを漁獲しようとして、船外機付漁船から禁止漁具であるかさねさし網を河中に流したことが認められる。

ところで、水産資源保護法(以下単に法という)第二五条および茨城県内水面漁業調整規則(以下単に規則という)第二七条にいう「採捕」の意義についてであるが、法第二五条の立法目的は産卵のため内水面にさく上するさけを濫獲して、さけの繁殖を著しく阻害することのないよう、その捕獲を禁じ、もつてさけの繁殖の保護をはかる点にあること同条が同法第三章内内に置かれていることからも明らかであり、また規則第二七条は、水域の狭い内水面において、大量捕獲の可能なながし網などの漁具を使用すれば、漁獲により水産動植物が著しく減少するおそれがあるのでそれらの漁具等を使用して水産動植物を捕獲することを禁止したもので、法同様水産資源の保護培養を目的とするものである。そして「採捕」の日常用語的意味が「手にとること、取つて手に入れること」であつて、さけその他の水産動植物を現実に捕捉することが「採捕」に該ることはいうまでもないが、右日常用語的意味を標準とし、さらに拡張して解釈する場合、前記立法の目的を考慮して、いわゆる目的論的概念構成をするならば、右法条にいう「採捕」とは、さけその他の水産動植物(以下単に魚類という)を現実に捕捉するめ、少なくとも魚類を容易に捕捉しうる状態において、魚類が右状態においた者の実力的支配内に帰属するにに至つたことを意味すると解するのが相当である。なるほど、取締りの徹底という観点から考えれば、「採捕」の意味を現実ないし実質的に魚類を自己の支配内に入れると否とを問わず、採捕の方法を行ない、魚類を捕捉しうる可能性を生ぜしめることと解するのが便宜であろう。しかし、右の解釈は、前記法案に用いられた「採捕」という語句の可能な意味の限界を超え、いわゆる拡張解釈の域を越脱したものであつて、罪刑法定主義の原則に牴触するものというべきである。

そこで、これを本件についてみるに、被告人がさけを漁獲する目的で禁止漁具であるかさねさし網を河中に流し、採捕行為をしたものであること前記のとおりであるが、第一回の揚網中茨城県農林水産部漁政課職員に発見され、さけその他の漁獲物を得るに至らなかつたこと証拠調の結果によつて明らかであり魚類を網にからませるなどして現実にこれを自己の支配内に入れる状態を生じさせるに至つたことを認めうる証拠は存しないから、被告人の右行為は採捕の未遂行為であるにすぎず、法第二五条および規則第二七条第四号に違反し、法第三七条第四号および規則第三七条第一項第一号に触れるものということはできない。そしてまた、前記の意味における採捕の未遂行為を処罰する旨の規定は、同法および同規則中には存しない。よつて、本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をする。

(昭和四三年一二月六日 水戸簡易裁判所)

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